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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)13058号 判決 1990年7月16日

原告 三浦和義

被告 株式会社扶桑社

右代表者代表取締役 片岡政則

<ほか一名>

右二名訴訟代理人弁護士 高田昌男

同 鈴木俊美

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金八〇万円及びこれに対する昭和六三年九月一日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。ただし、被告らにおいて金三〇万円の担保を供するときは、担保を供した被告に対する仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、被告株式会社扶桑社発行の週刊誌「SPA!」誌上に、別紙二記載の謝罪広告を同記載の仕様によって、一回掲載せよ。

二  主たる請求の金額を金五〇〇万円とするほか、主文第一項と同旨

第二事案の概要

本件は、週刊誌に掲載された記事による原告の名誉毀損及び侮辱の成否が争われたものである。

一  (争いのない事実)

1  被告株式会社扶桑社(被告会社)は、週刊誌「SPA!」を発行している会社であり、被告宇留田俊夫は、同誌の編集発行人である。

2  「SPA!」昭和六三年九月八日号(同月一日発売)に、その表紙に「ロス疑惑、銃撃事件、“不起訴”に三浦被告が叫んだ『正義は死なず!』」と表示し、九四ページから九七ページにおいて「『正義は死なず!』」と三浦被告に絶叫された“不起訴”の理由」とのタイトルを付し、別紙一のとおりの記事(本件記事)が掲載された。

二  (争点)

1  本件記事の内容は、原告の名誉を毀損し、又は原告を侮辱するものであるか。

2  本件記事は、公共の利害に関する事項につき、公益を図る目的の下に掲載され、その内容も真実のものか、真実であると信ずるについて相当の理由があると認められるか。

第三争点に対する判断

一  (本件記事の背景)

本件記事を掲載した週刊誌の発売(昭和六三年九月一日)の前後における原告及び原告をめぐる報道に関する事実経過(弁論の全趣旨による。)。

1  昭和五六年一一月、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市内において、原告と妻一美が銃撃され、一美は、頭部に銃弾を受け、同五七年一一月、死亡するに至った(銃撃事件)。

2  同五九年一月、雑誌週刊文春は、「疑惑の銃弾」と題する記事を掲載し、銃撃事件及び同五四年三月下旬以来行方不明となっている楠本(白石)千鶴子の失踪事件に原告が関与している疑惑があるとの報道をした。

以来、多くの週刊誌、テレビ番組等により、銃撃事件、白石の失踪事件及び同五六年八月にロサンゼルス市内のホテルにおいて一美がハンマー様のもので殴打された事件(殴打事件)について、原告の関与を示唆する報道がされ、日米両国において、右三事件の捜査がされた。

3  その後、殴打事件について、原告と共犯とされた女性が殺人未遂罪の容疑で起訴され、当庁において、同六一年一月、右女性を懲役二年六月(同年七月、控訴棄却により確定)、同六二年八月、原告を懲役六年に処するとの各有罪判決がされ、原告は、無罪を主張して控訴中である。

4  同六三年一〇月、原告と他の男性一名は、銃撃事件について殺人罪の容疑で逮捕され、同容疑で東京地方裁判所に起訴された。

二  (本件記事による原告の社会的評価の低下)

本件記事中、原告の社会的評価に影響を及ぼすと解しうる部分は、拘置所において、検察官が銃撃事件について原告を不起訴とする決定をしたとの知らせを聴き、原告が刑務官から叱責される程に泣き続けた後、「正義は死なず!」と叫んだとし、そのことがブラックユーモアに当たるという部分であり、他に原告の社会的評価を低下させる内容の記述は見当たらない。

記事の内容が原告の名誉を毀損するものであるかどうかは、一般読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきであり、他人の犯罪容疑に関する事実の報道は、当該他人が犯罪の容疑を受けていることを記述するにとどめるべきで、これを超えて、同人が犯人であると主張し又は断定したり、一般読者の普通の注意と読み方を基準として当該他人が犯人であるとの印象を与えたりする記述は、許されない。

本件についてこれを見るのに、本件記事中前記部分は、子細に読むと、不起訴が正義であるとする原告の前記言動がブラックユーモアに当たると評してこれに否定的評価を下すもので、原告が銃撃事件の犯人であることを暗に前提とするものと読むことができなくはない。しかしながら、本件記事の前記部分は、他と併せて読んでも、原告が銃撃事件に重要なかかわりのある人物であることを記述するものではあるが、原告が犯人であると主張し、若しくは断定し、又は一般読者の普通の注意と読み方を基準として、一般読者に対して原告が犯人であるとの印象を与える内容のものであるということはできない。

よって、本件記事によって原告の名誉が毀損された(社会的評価が低下した)とする原告の主張は、その余の点について見るまでもなく、理由がない。

三  (本件記事による原告の侮辱の成否)

名誉感情も、法的保護に値する利益であり、社会通念上許される限度を超える侮辱行為は、人格権の侵害として、慰藉料請求の事由となる。

本件についてこれを見るのに、本件記事は、拘置所において、不起訴の決定を聞いた原告が一瞬顔をひきつらせ、その後刑務官から止められても泣き続け、「正義は死なず!」と叫び、また、自由になる日に備え、太った体を引きしめるためにシェイプアップに余念がないとの原告が取ったとされる行動を内容とする。そして、本件記事は、内容、記述の方法からみて、原告が銃撃事件についての検察庁の決定の内容に対して強い危惧を抱き、この点に関する情報に一喜一憂してその感情をあらわにしたとの記述をして、右言動がブラックユーモアに当たると評し、また、拘置された状態でなお、外見を繕うことに腐心しているとして原告を揶揄し、その名誉感情を害するものである。

本件記事の対象は、刑事被告人である原告の拘置所における行動であって、原告の私的領域に属し、およそ公共の利害に関する事項とは程遠い。また、右記述に係る刑事被告人の行動は、通常社会的に容認された方法によっては報道機関においても知り得ない事柄に属する。

右に見たように、原告を揶揄してその名誉感情を害し、公共の利害に関する事項とは程遠く、報道機関においても通常容認された方法によっては知り得ない事柄について、その真偽に関心を払うことなく記述することを内容とする本件記事を掲載した週刊誌を領布することは、社会通念上許される限度を超えるもので、侮辱行為として人格権侵害の不法行為となる。

四  (原告の損害)

本件記事の対象及び内容が右のようなものであることを考慮すると、右不法行為によって原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料額は八〇万円をもって相当とする(不法行為の日である本件週刑誌の発売日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付することを要する。)。

五  (被告らの責任)

被告宇留田は、右記事を掲載した本件週刊誌の編集発行人として、被告会社は、右週刊誌の発行会社として、それぞれ、原告に対し、損害賠償の責任を負う。

(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 貝阿彌誠 福井章代)

<以下省略>

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